30日備前に行って来ました。

隠﨑隆一さんのところにお伺いし
9/19からの「好きなかたち展Ⅱ」の作品と
11/7からの「ぐいのみ展」の作品を
お預かりして作品を来ました。

今年のぐいのみは
プラチナ、織部、白などの
釉薬がかかった作品4点です。

隠﨑隆一
好きなかたち展Ⅱ出品作品

帰りに魚屋さんで
モンゴイカを買って来ました。

モンゴイカ

28日出雲と境港と皆生温泉に行って来ました。

出雲

三原研さんのところに
9/19からの「好きなかたち展Ⅱ」の作品と
11/7からの「ぐいのみ展」と
三原嘉子さんの12/5からの「干支丑展」の作品を
お預かりしに行って来ました。

三原研

玉作湯神社

玉作湯神社
願い石

来待ストーンミュージアム

来待ストーンミュージアム

境港

水木しげるミュージアム

水木しげるミュージアム

水木しげるロード

水木しげるロード

皆生温泉

辻晉堂
1984年 石(白御影)
生田春月文学碑
相寄る魂
皆生海浜公園

辻晉堂

海岸の堤防にて

ネコ

28日丹波に行って来ました。

市野雅彦さんのところに
9/19からの「好きなかたち展Ⅱ」の作品を
お預かりしに行って来ました。

市野雅彦
大雅工房

兵庫陶芸美術館 開館15周年記念特別展 
「The 備前 ―土と炎から生まれる造形美―」(7/26まで)
兵庫陶芸美術館

見るの東京国立近代美術館工芸館に
続き2回目です。

The 備前
―土と炎から生まれる造形美―

隠﨑隆一
出品作品

丹波焼
最古の登窯

丹波焼
最古の登窯

窯の隣にある大熊窯の
大上伊代さんにお会いして来ました。

27日京都に行って来ました。

京都市京セラ美術館開館記念展
「杉本博司 瑠璃の浄土」(9/6まで)
京都市京セラ美術館

杉本博司 瑠璃の浄土

飄々表具-杉本博司の表具表現世界-(9/6まで)
細見美術館
前期 7/12まで
後期 7/14‐9/6

飄々表具
-杉本博司の表具表現世界-

チェコ・デザイン 100年の旅(7/5まで)
京都国立近代美術館

チェコ・デザイン 
100年の旅

京都高島屋

大石早矢香展 -心情装飾-(6/30まで)

大石早矢香展-心情装飾-
京都高島屋HPより引用

ふじもとふみえ 陶展(6/30まで)

大石さんとふじもとさんにお会い出来ました。

高柳むつみ展(7/5まで)
器館

高柳むつみ展

松谷文生展
Sophora gallery

26日岐阜に行って来ました。

多治見

ルート・ブリュック 蝶の軌跡(8/16まで)
岐阜県現代陶芸美術館

ぜひ見に行って下さい。

ルート・ブリュック 
蝶の軌跡

加藤委さんのところにお伺いし
9/19からの「好きなかたち展Ⅱ」
の作品をお預かりして来ました。

ギャラリーヴォイスの駐車場で
津守秀憲さんからも「好きなかたち展Ⅱ」
の作品をお預かりして来ました。

岐阜

清流の国ぎふ芸術祭
Art Award IN THE CUBE 2020(7/5まで)
岐阜県美術館

入場無料です。
こちらもぜひ見に行って下さい。

Art Award IN THE CUBE 2020

岐阜県美術館の
ミュージアムショップに
加藤委さん、小澤順一さん、永草陽平さん、
野村佳代さん、伊野君江さんの
作品を置いていただいています。

こちらもお寄り下さい。

加藤委 作品
小澤順一 作品
野村佳代 作品

中田ナオト展 兵庫陶芸美術館学芸員 マルテル坂本牧子さんのテキスト

中田ナオト展
プレイランド!

「超普通」にまつわるエトセトラ

 中田ナオトの作品を一言でいえば、「従来のやきもの」のイメージからは少々逸脱しているということだ。しかし、その「ズレ」とはあくまでもポジティブな意味であって、中田の作品の重要な動機づけとなっているものである。土(ねんど)/陶(やきもの)という素材の持つ性質を十分に理解しながら、そこに自己の行為や思考をいかに落とし込んでいくのか。それは、現代のやきもの表現において、多くの作家たちが共有している意識であろう。しかし、そんな中でも、中田の表現手法は、じつに柔軟で自由、かつ天真爛漫であり、今を生きる作者自身がひたむきに向き合う現代社会をユーモアたっぷりに映し出す、いわば「ストーリー性」を強く打ち出したものである。そのことは、ステートメントに込めた「やき『もの』、やき『こと』」という言葉にもよく表れている。これは、中田の多摩美術大学大学院時代の恩師である中村錦平が鮮烈に切り拓いてきたやきもの表現の新しい傾向を明らかに引き継ぐものだが、一方で、中田の感覚はもっとポップで、軽やかなものである。
 作品を通して、見る者に「何か」を語りかける。中田にとって、その「何か」とは、現代社会に生きる日々の中で遭遇する「未来に向かってひらめきを伴う意外な出来事」であり、日常にありそうでない、奇妙な出来事にまつわる「エトセトラ」である。「いたって普通のこと、またそれを超えている普通」のことを中田は「超普通」と捉え、それらを象徴するモティーフを見つけ出すことがまず、制作の基本となる(註)。そして、土/陶をメインに用いて制作しながら、既製品や他のメディアとも組み合わせて、ハイブリッドな独自の表現を目指す中田の作品は、意図して、美術と工芸、仮想と実在、自己と他者などの間を横断する。時には、クスっと笑ってしまったり、懐かしく感じたりする仕掛けが込められていたりする、ユニークな作品の数々。中でも特に印象に残っているのは、2016年に滋賀県甲賀市信楽町にある滋賀県立陶芸の森での滞在制作で生まれた作品で、自作のピンホールカメラで撮影したネガフィルムをタイルの上に直に転写して焼き付けた《Shigaraki time》というシリーズである。デジタル全盛の現代において、ピンホールカメラが捉えるイメージとは、写真技術の黎明期に見られた不鮮明で素朴なタッチの画像であり、今、この瞬間を切り取ったものでありながら、遠い昔に過ぎ去った時間を封印したかのような、深い郷愁を呼び起こすものである。映し出されたのは、中田が信楽で出会った風景や人々で、用いられたタイルは外壁用に生産された既製品であった。日常に溢れる「普通のもの」でも、組み合わせ次第で、不思議なものへと変貌する。もっというと、そこにやきものが介在するからこその面白みが出てくる、ということも制作意図に含まれる。じつは、このシリーズの作品が、同年の第24回日本陶芸展の自由造形部門に入選したことが強く印象に残っている。会場でこの作品を見たときに、明らかに他の作品の傾向とは異なる、異質のオーラを放っていた。まさに、中田の作品が、陶芸というジャンルに置かれたときに起こりうる反応/反動を見たような気がした。と同時に、既製品のやきものをパーツとしたミクストメディアの作品が、やきものの新しい表現領域を押し広げる可能性を持つ、あるいは示唆するものとして捉えられたのだとしたら、それはある意味、画期的なことであった。
 現代は、あらゆるものの境界が曖昧となり、ジャンルの横断や交差も珍しくない、まさにボーダーレスな時代である。既存のジャンルに拘泥するのではなく、どのような分野に置かれても、独自の存在感を示すことができるもの。芸術においても、あらゆるジャンルへと越境する「中間領域的な」作品が、これからの新しい価値観を創り出していくのではないか。少なくとも様々な文脈からの批評に耐え得る強さを持ったものにこそ、現代のリアリティが生まれるのではないだろうか。
 もともと、陶芸や工芸に関しては門外漢であった私が、かえって親しみを覚えたのが、じつは中田の作品であった。このことが与えるヒントに、私は今も導かれているのではないかと思う。

マルテル坂本牧子(兵庫陶芸美術館学芸員)
(註)中田ナオト「複製をめぐるひらめきの置換」『多摩美術研究』第2号、多摩美術大学大学院 美術研究科、2013年

中田ナオト展 中田ナオトの展覧会についてコメント

中田ナオト展
プレイランド!

楽しさを求めて。

 わかりやすそうで、わかりにくい。わからなさそうで、なんだかわかる。そんなアンバランスなバランス、アンビバレントなものに魅力を抱いてしまう。
 以前僕は、未来に向かってひらめきを伴う意外な出来事を「超普通」と呼ぶことにした。(拙稿「複製をめぐるひらめきの置換」〔研究ノート〕『多摩美術研究』第2号、2013)日常のありきたりな風景が意識化されたとき、「超普通」はシンボライズされた形となって浮き上がる。その感覚が具現化されたものを「仮想現物」と呼んでみたい。これは、知覚を感覚の上位概念として、僕が切り取った日常を表出したものだ。決して記憶が再現されたものではなく、また記憶を想起させるものでもなく、感覚を刺激し新たな知覚へと導くことを誘発していくデバイスなのである。
 僕はねんどを主な媒体として制作している。焼成により変化する、僕の変身願望を満たす素材だ。ねんどを指や手で撫で回しながら感じられるのは、素材に触れるようにと素材が誘発するようであり、素材から触れられているという感覚だ。火の光と熱によって変化を遂げる魅惑的な素材は、僕らの触覚を携え、僕の行為と思考を対等に混ぜ込みながら、「する」ことと「なる」ことによる程良いバランスによって存在するのだと思っている。
 さて、果たしてわかりやすさに強弱はあるのだろうか。いや、決して強くなくても良いけれど、なんだか粘りのようなものが欲しい。さらっとしすぎない抵抗感や違和感、もしくは摩擦のようなものが、大切なものがするりと滑り落ちてしまわないように、しっかりと心のひだに引っかかりを持つことを忘れてはいけないのだと思う。
僕にとって芸術に遊び心は欠かせない。遊び心は、僕らの思考を柔軟にさせ、客観的な視点がなければ到達しえない高尚なゆとりにも似たものだ。そして本能的で無意識的なのだ。この感覚を僕はこの先もずっと忘れずに持ち得ていたい。
僕らは皆演者だ。そして、作品はフィクションだ。満ち溢れた実感と期待、行為と思考を「PLAY」と「PRAY」へ置換する。それらのどこかにリアリティを感じ、この「プレイランド」でそれぞれの物語が始まって行く。わかりやすそうで、わかりにくい。そんな楽しさを求めて。

中田ナオト

中田ナオト展 プレイランド!の開催のご案内

7月11日(土)-7月26日(日)まで
中田ナオト展 プレイランド! 
Naoto Nakada
P[L/R]AY LAND!
を開催します。

アーティストトーク 
7/11(土)19:00-19:30
オープニングパーティー  
7/11(土)19:30-21:00

中田ナオト展 
プレイランド!